生活保護廃止における調査義務

朝日新聞2007年7月14日
生活保護、不法に廃止 収入など調べず 北九州の孤独死
 

辞退届によって生活保護を廃止された北九州市小倉北区の男性(当時52)が孤独死した問題で、同市は「収入などを調べずに受給を廃止するのは不法」とした06年の広島高裁の確定判決を知らずに、収入などを調べることなく男性の生活保護を不法に廃止していたことがわかった。厚生労働省はこの判決を各自治体に通知していなかった。
この裁判は、広島県東広島市の女性がパートに就くことを理由に調査を受けないまま生活保護の辞退届を書かされ、保護を廃止されたとして、東広島市を相手取って廃止処分の取り消しと慰謝料を求めた。

 06年9月の高裁判決によると、女性の実際の収入は月5、6万円だったが、市は給与などの調査もせずに「自立のめどがある」として辞退届の文案を作り、女性に出させた。高裁は「自立のめどがあるかどうか客観的に判断せずに保護を廃止したのは不法」として市の処分を取り消し、慰謝料30万円の支払いを命じた。市側は上告を断念し、判決が確定した。
 北九州市の小林正己・地域福祉部長は「判決は知らず、『自立のめどがあるかどうか客観的に判断する』という運用はしていなかった。生活保護法の趣旨にもとるような運用は改めないといけない。だが、今回の件では男性の自発的な意思に基づいて廃止を決定した」と話している。
 判決を通知しなかったことについて厚生労働省は「辞退届については法律などに規定がないため推移を見守ることになった。北九州市は当然認識していると思っていた」と説明する。
 孤独死した男性は昨年12月、病気で働けないとして生活保護を認められた。その後、北九州市側から働くことを勧められ、4月2日に辞退届を提出。同月10日付で保護は廃止された。7月10日、死後約1カ月の遺体が自宅で見つかった。
 大友信勝・龍谷大教授(社会福祉学)は「辞退届はそもそも強制で違法に近い。市の対応は高裁判決に照らしても正当性を欠き、生存権の保障を放棄したといえる。司法判断を知らなかったことは生存権を扱うプロとして怠慢だ」と指摘する。

広島高判2006.9.27

2 本件保護廃止決定の適法性について
(1)本件保護廃止決定は,控訴人の保護辞退の申出を契機に,それを根拠としてなされたものであるから,この辞退の意思表示に無効原因等の瑕疵があれば,それを前提としてなされた保護廃止決定も瑕疵を帯びる関係にあるといえる。すなわち,控訴人の保護辞退の意思表示に瑕疵がないことが,本件保護廃止決定が適法であるための要件と解される。

(中略)
(3)そうすると,控訴人世帯の平成13年1月以降の収入が同世帯の最低生活費に達しないことはほぼ確実な状況であったから,控訴人としては保護を辞退する義務はないのに,Bの前記1の(1)のカの言動等により保護を辞退しなければならないと誤信してBの指示するままに本件辞退届を作成し,これを提出したことになるから,控訴人の保護辞退の意思表示には,その根幹の部分に錯誤があったと認めるのが相当である。
(中略)
(9)以上の次第で,その余の点を判断するまでもなく,本件辞退届には,その根幹の部分に錯誤があって,保護辞退の意思表示は無効というべきであるから,これに基礎を置く本件保護廃止決定は違法な処分として取消を免れず,控訴人の被控訴人事務所長に対する請求は理由がある。

3 不法行為の成否
1)Aの侮蔑的言動(精神的苦痛)について
(中略)
(2)保護受給権の侵害について
 本件保護廃止決定が違法として取り消されるべきことは先に説示したとおりである。
 そこで,同決定に関与した被控訴人東広島市の職員の責任原因につき以下検討する。

 Aは被控訴人東広島市福祉課保護係長として,Bは同市福祉課保護係のケースワーカーとして,それぞれ法に従って保護行政を担当する公務員である。
 保護行政の担当者は,生活に困窮するなどして相談に来た者に対し,法に適合した説明をすべき注意義務があるが,前記のようなAの言動は控訴人に生活保護を受給することの権利性を誤解させかねないものであったし,Bの言動は,控訴人に保護の辞退の必要性を誤解させるものであった。本件辞退届との関係でいえば,Aの言動はともかく,Bは,控訴人に自立の目途があるかどうかを客観的観点から顧慮しないだけにとどまらず,進んで自立の目途があるものとして本件辞退届の原案を起案し,これを控訴人に書き写させ,控訴人を錯誤に陥らせる結果をもたらしたのであって,前記職務上の義務に反するものといわざるを得ない。Bは,その際,給与が少なく,どうしても生活ができないようであれば,再度相談に来るよう指導してはいるが,この点を考慮しても,上記判断は揺るがない。なお,保護行政の担当者に自立の目途の点に関する厳密な調査義務までは求め得ないとしても,Bの行為は,保護の継続か廃止かを決する核心的要素について,客観的根拠の乏しい事柄を断定的かつ自己責任的な文言により記載させ,控訴人の瑕疵ある保護辞退意思を表示させた点において,少なくとも過失があることは否定できないというべきである。また,控訴人の平成13年1月以降の収入等に関する資料が極めて乏しかった状況に照らすと,Aらの上司の同市福祉課長のEにおいても,本件保護廃止決定の決裁にあたり,Aらから十分な報告を聴取せず,あるいは必要な事実調査等の指示,確認を怠った疑いが濃厚であり,その職務執行には過失があったものと推認される。そして,決定権者たる被控訴人事務所長も,これらの不備を見過ごした点において過失の責めを免れない。
 以上によれば,本件保護廃止決定は,被控訴人事務所長及びその事務補助者たる上記職員らの過失に基づくものであり,これにより,結果的には一時的な期間にとどまったにせよ,控訴人の保護受給権を侵害したものとして,被控訴人東広島市は,控訴人に対し不法行為責任を負うことになる。


不勉強でこの判決を知らなかったのですが、判決の事実認定を前提とする限り、職員については、職務行為基準説に立脚した上でも過失を認めることに無理がない事案という印象です。

「保護の継続か廃止かを決する核心的要素について,客観的根拠の乏しい事柄を断定的かつ自己責任的な文言により記載させ,控訴人の瑕疵ある保護辞退意思を表示させた」のはかなり重要なポイントかと思います。

 上司についての「必要な事実調査等の指示,確認」という調査義務と、上の「ポイント」が関連するかどうかは、読み方が分かれるところでしょう。

 ところで、記事全体の趣旨には決して異論がないのですが、


・もしかして、「不法行為」という法制度の呼称に(勘違いか故意か)過度な意味づけをしていないか

という疑問がわかないでもありません。

また、法定受託事務であるとはいっても、


厚生労働省が同判決を自治体に通知していなかったことを「怠慢だ」と(書いてはありませんが、そのようなニュアンスがくみ取れます)言うべきかどうか

議論の余地があるところでしょう。